色は単体では存在していない。関係の中でしか意味を持たない
コンセプター・坂井直樹さんのエッセイに、ハッとさせられる言葉がありました。
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「青が好き」と言った瞬間に、世界は雑になる。
「好きな色は何ですか?」
この問いは、どこか無邪気で、どこか乱暴だ。
たいていの人はこう答える。
「青が好きです」「赤が好きです」
まるで子どもの頃に見ていた戦隊ものみたいに、きれいに色分けされた世界。
だが、その瞬間に、色の話はほとんど終わってしまっている。
デザイナーのヨーガン・レール はこう言った。
「地球上のすべての色は美しい。美しさは、配色で決まる」
この一言で、ほとんどすべてが説明されている。
たとえば、「青」と一言で言う。
だが、その中には何万、何十万という青がある。
さらに言えば、その青は隣に何を置くかで、まったく別の顔になる。
沈黙のように静かな青もあれば、不安を煽る青もある。
高級にもなるし、安っぽくもなる。
色は単体では存在していない。関係の中でしか意味を持たない。

それなのに人は、「青が好き」と言ってしまう。
まるで音楽の話をしているのに、「ドが好き」と言うようなものだ。
雑、というより、思考停止に近い。
Pantone には数千の色が定義されている。
人間の目は、そのさらに何百倍もの色を識別できると言われている。
それだけの世界を持っていながら、
私たちはそれを「赤・青・黄色」に畳んでしまう。
これは、色の問題ではない。世界の見方の問題だ。
単純化は、理解を助ける。だが、行き過ぎると、現実を削り取る。
たぶん、問うべきはこうだ。
「何色が好きですか?」ではなく、「どんな組み合わせに、美しさを感じますか?」
この問いに変わった瞬間、答えは少しだけ難しくなる。
そして、少しだけ面白くなる。
色は、選ぶものではない。編むものだ。
たぶん人生も、それに似ている。
人もまた、関係性の中で編まれていく存在
「色は単体では存在していない。関係の中でしか意味を持たない」
坂井さんのこの言葉を読んだとき、これは「人」も全く同じだな、と感じました。
「人は単体では存在していない。関係の中でしか意味を持たない。」
と言い換えられるのではないでしょうか?
私たち人間もまた、単体では村ふうに内できず、誰かや社会との「関係性」の中でこそ、その人が持つ本当の輝きや能力が意味を持つのだと思います。
私のブランドであるirisé(イリゼ)の目指すところも、まさにここにあります。
それは、誰かと競い合って目立つことではなく、私たち一人ひとりの固有の色が、それぞれの場所で静かに開花し、世界がカラフルに調和していくことです。
単純化の手放し、心で感じる豊かさへ
坂井さんは「単純化は、行き過ぎると現実を削り取る」ともおっしゃっていました。
今の社会は、何事もわかりやすく、シンプルに記号化(単純化)することを求めがちです。白か黒か、成功か失敗か、強いか弱いか。
確かに単純に捉えることで、物事を「理解できた」ような安心感は得られるかもしれません。
けれども、私たちの心で感じる本当の美しさや豊かさは、そんな単純な理解をはるかに超えたところにあると思うのです。
自abundanceん自信を効率や数字、記号だけで単純化させていけばいくほど、私たちは生きている実感(生命感)を見失ってしまいます。
誰かに決められた色に自分を当てはめるのではなく、自分の内側にある何万通りものグラデーションを大切にしながら、周囲としなやかに調和して、人生という美しいテキスタイルを編んでいくこと。
それこそが、これからの時代を生きる私たちの、本当の心の自由なのだと感じています。
自らが最愛の居場所になる
irisé 明日香
