新しい時代の「自立した女性」とは?
これまでの時代は、男性社会の中で肩を並べて戦い、社会的地位を築く「強い女性」こそが自立の象徴だったかもしれません。
けれども、いま私が理想とする自立した女性像は、もっと静かで豊かなものです。それは、自分の内なる心の庭に、美しい花を咲かせているような生き方です。
特別に目立つことはないかもしれません。花が自分の美しさや能力を、他の花と競い合うのではなく、調和することでお互いを引き立て合うように、自分の心と対話し、内側の平安(調和)を大切にする。そこには、清らかで純粋な「折れない女性ならではの芯の強さ」があるのです。
それは、「外側との戦い」から「内側の調和」への変化なのだと思います。
植物に教えてもらった「しなやかな強さ」
先日、7歳の息子と犬の散歩をしていたときのことです。息子が道端のオオイタドリの茎を手に取り、「ほらね、これは曲がっちゃうから折れないんだよ」と教えてくれました。
硬い枝は強い力をかけるとポキっと折れてしまいますが、中が空洞で柔らかいイタドリの茎は、どんなに曲げられても折れることがありません。その姿を見たとき、私は「まるで女性のようだな」と感じました。
女性は娘として生まれ、社会に出て、やがて妻や母となり、めまぐるしく役割を変えながら家庭や未来の社会を支えてきました。目に見える報酬がなくても、環境に合わせて柔軟に姿を変えて生き抜いてきたのです。
進化の過程で生き残るのは「強いもの」ではなく「変化できるもの」。女性の本当の凄さは、戦う強さではなく、「しなやかな柔軟性」にあります。
泥の中に凛と咲く「蓮の花」に学ぶ、女性の本質
もうひとつ、これからの女性の生き方のヒントになるのが「蓮の花」です。女神が蓮の葉の上に佇む姿で描かれるように、蓮は古くから「清らかさ」の象徴とされてきました。
蓮は、決して綺麗とは言えない「泥」の中から茎を伸ばし、大輪の花を咲かせます。ここで注目したいのは、泥の中に身を置きながらも、花びらには一滴の泥もついていないという点です。
現代社会という混沌とした日々(泥)の中でも、周りに染まることなく、自分自身の美しさや優しさを保ち続けること。それこそが、女性が持つ神聖な力・美しさという女神性なのではないでしょうか。
蓮が教えてくれる「5つの美徳」
仏教では、蓮の生態にちなんだ「五つの徳(教え)」があると言われています。これを現代を生きる私たちの心に置き換えてみましょう。
1. まわりに染まらない潔さ
【淤泥不染(おでいふぜん)】
どんなに環境にいても、自分の魂は汚されません。外側のネガティブなエネルギーを跳ね返す「しなやかな境界線」を持つことです。
2. 今、この瞬間に未来を秘める
蓮の花は咲くと同時に、すでに次の生命の種(実)を宿します。私たちの人生も同じで、「今この瞬間をどう生きるか」の中に、すでに美しい未来の結果を内側に育んでいるのです。
3. ブレずに、ただ一つの光を見つめる
一つの茎に、一つの大輪だけを咲かせる。あれこれと邪念に捉われ、不安を抱え込んで身を重くするよりも、信念で、まっすぐに光(理想)を見上げて生きる潔さです。
4. 心を軽やかに、純粋に保つ
蓮の茎の中は空洞です(まるで、あのオオイタドリのように)。心に余計なものを溜め込まず、内側を空っぽにすることで、真っ直ぐ遠くまで伸びていくことができます。
5. 存在そのもので、周囲を心地よくする
特別な自己主張をしなくても、その人の醸し出す雰囲気や丁寧な生き方そのものが、社会への美しい貢献へと繋がります。
付け足す生き方から、内側を満たす生き方へ
私たちはこれまで、社会的な地位や数字など、何かを「付け足すこと」で自分の価値を高めようとしてきました。けれども、本当に最後に残るのは、目に見えない「心の豊かさ」だけです。
イタドリのような「しなやかな柔軟性」を持ち、蓮の花のように「自分の内側を清らかに保つこと」。そうして外側と戦う生き方を手放し、自分の心の庭を美しくお手入れしていくことこそが、これからの時代を生きる女性の、本当の意味での「自立」なのだと信じています。
あなたという美しい庭に、心に豊かな果実を実らせる
Abundance Programアバンダンス・プログラム
ヴェーダ占星術にご興味がある方は、ぜひ覗いてみてくださいね。
【こちらをクリック】
